ひとまずここで。

アイドルオタクがジャニーズについて色々。自分用備忘録。

ジャニーズ遍歴を考える

初めまして。亜鉛と申します。勝利6人組の彼らを追っていたら沢山思うことがありましたので、自分の振り返り用・記録用、又、皆様と共有できたらと思い、ブログ開設の運びとなりました。
2000年以降のジャニーズファンな為、まだ知識が浅い部分がありますが(人生経験も浅い)、何卒広い心でご覧頂きたいです。
 
 
さて、本格的にぶいしっくすファンになって早4ヵ月が過ぎまして。あっという間に、そして着実に、お金を落としております。これが沼か。
しかし、突発的にジャニオタ・ぶいオタになった訳ではなくちゃんと経緯があり、それを自分でも整理するため、わたくし亜鉛的ジャニーズ遍歴を綴っていきたいと思います。
まずは軽い年表。
 
 
 

2003?04?年頃   『伊東家の食卓』で三宅健に惚れる

2006年   『喰いタン』で森田剛に堕ちる。
2007年   『嵐』の存在を知る。
2008年春   友人の影響で嵐ファンになる
2013年春   嵐ファンを辞める
 
2015年春   NEWSが気になり出し、ジャニオタ復帰の兆候
2015年冬   V6ファンになる
 
 
 
まあ、ざっとこんなところですかね。
 
 

2003?4?年

まずは、ジャニーズへの入り口、健くんとの出会い。(今思えば壮大なフラグだった。)
明確な時期は確かではないけれど、『なんて可愛い顔した男の人なんだろう』、と漠然と、少女・亜鉛はお茶の間で思っておりまして。そこで初めて 、"好きな芸能人"と言える人が自分の中に現れたんですね。たぶん。
彼に出会えたことは、いつだって忘れてはいませんでした。のちに嵐ファンになる日も、その後ジャニーズから離れる日も、全く違うジャンルにお熱になる日も。私の全ての始まりは彼からだと思うと、やっぱり初めて好きになった人はいつまで経っても1番なのだと、思います。ずっと私にとって特別な存在であることでしょう。
 
そして健くんに惹かれて程なくして、友人達の間で修二と彰人気が大爆発する訳です。踊った。死ぬほど踊った。アミーゴ。
そこからほぼコンスタントに土9は見続けてたのかな。
 

2006年

そして成り行き視聴だった土9枠の『喰いタン』で、森田さんと出会います。
もうそれはそれはドストライクで、すぐさま堕ちました。ええ。
左分けのアシメの髪と、あのつむじからぴょこんと飛び出している双葉みたいなアホ毛。ほんとに好き。
この頃の森田さんの少し落ち着いたチャラさって何なんでしょうね、あんなの誰だって惚れるわ。
ここら辺りから、”好きな芸能人=森田剛” へシフトチェンジでした。
 
2007年
周りの友達はもう既に、やれNEWSだKAT-TUNだJUMPだ、とジャニーズに翻弄されている中、相変わらずライトに健ちゃんと剛くんを応援している私に、友人Nちゃんが”嵐”というグループを語り続ける毎日。徐々に気になり始め、VS嵐をひっそりと見始めたのがとても懐かしい。*1
 

 2008年
2008年は本当に印象的な年で、この年から私の第1次ジャニオタ期が始まります。
友人Nちゃんに誘われて、Nちゃん宅でいろんなグループのコンサート鑑賞会を。
そこで私がふと手に取ったTime魂DVD。ここから全てが始まりました。
見進める中で一番の衝撃と感動と、良い意味でショックを受けたのが、松本さんのYabai-Yabai-Yabai
 長めのイントロの中、ワイヤーを使い、ステージ上空にあるベルトコンベアを颯爽と歩くMJ。歩いたと思ったら真っ逆さまに舞ってみたり、回ってみたり。アイドルのコンサートはここまで進化しているのか、最早コンサートではなくエンターテイメントだ、と強い衝撃を受けました。(肝心の歌唱はほぼ覚えておらず)
彼に魅せられ、急速度で心を掴まれた私は、この瞬間から、このグループを応援すると決めたのでした。
歌に全く魅せられていなかった訳ではなく、たぶん、オープニングの”Everybody前進”から既に、奇妙な高揚感に襲われていたような気もします。登場の仕方かっこいいもんね。
 
 
 
 とりあえず序章3章くらいと本編第1章は書けた。思い起こすってすっげぇ労力要する。後半はもっと心中ごたごたしてくるのでまた思い返すのが大変になってくる気がする。とりあえず前半戦はここまで。
(ぶいさんについて語るブログだよなぁ…?(´ε` ))
 
 
 
 

*1:まだ昼間の関東ローカルで30分番組でしたよね。リアルタイムで見ていた内容は、不思議とローリングコインタワーの記憶しかない。