ひとまずここで。

アイドルオタクがジャニーズについて色々。自分用備忘録。

昨年夏に急激にNEWS波がきた話。

いやー、ほんとに自分がわからないっす(´^o^`)

あれだけVさんVさん喚いていたのにこの変わり様。
ビビット毎週録画設定しました。
純白魂DVD予約しました。
過去のライブDVDを追い始めてます。
 
あかん。完全に堕ちた。
こんなにも生活を輝かせてくれた彼らに感謝しかない。東京に出かけ、街でWhiteの円盤の広告を見るだけで胸がズッキュン。(死語)
いい意味でこんなにも堕落してしまった私を変えたきっかけは昨年夏の初め頃である。
 
ふと動画サイトでNEWSの動画を見つけ、懐かしくなり動画サーフィン。
『Fighting Man』『恋のABO』辺りは、発売当時すごく好きだった。当時一緒にジャニオタやってたNちゃんを思い出す。
そして不意に見つけた『渚のお姉サマー』。どこかで聞いたことがあるサビ。(CMタイアップ曲だったのですね)タイトルの遊び心とは裏腹にめっちゃいい歌。振り付けもすごくキャッチーでかわいい。観進めるに連れ、ある人に目線がいく。加藤シゲアキです。
 
以前の、超個人的なNEWSのメンバーの印象としては、6人体制時代はリーダー山Pが引っ張り、錦戸もそれに次ぐ人気。手越・増田はテゴマスとしても活動していたから名前は知っていた。あとの2人。なんとなく認識はしているが詳しくはわからない。その程度の知識だったんです。
でも、新生NEWSになってから個々の露出も増え、(単に人数少なくなったからとか言わないで!)慶ちゃんはeveryのキャスター、シゲは小説家デビュー等が知名度アップの決定的な出来事ですね。私もその辺りからだんだんと認識するようになりました。
チャンカパーナ』リリース当時の衝撃とインパクトは半端じゃなかったですね。新しいこと始めてきたな、と4人になってもひたむきに頑張る姿を見て、当時まだ他グループファンをしていた自分も彼らの活動を密かに応援しておりました。
 
そんなチャンカパーナの印象が強めな中、ピュアピュアな恋愛ソングを爽やかに歌う彼らのギャップにやられた人。
 
 
初めて加藤シゲアキという人間を意識した瞬間。
 
 『火遊びしたいとか そんなガキじゃないけど』
カメラから目を逸らしがちに、はにかみながら歌うシゲ。"あれ?この人こんなにかっこよかったっけ?アカン、めっちゃ好きな顔やん"と軽く混乱。
 
『あなたのこと好きになってもいいですか?』
 是非!!!!!!
おーべいべ。ナツゴコロきらり。この時この瞬間から、私は加藤シゲアキ担になると確信しました。
 
『波が寄せるたび 悪戯な胸元』
 ここで、かざした手指の隙間から目元を覗かせる振り。極めつけのここのシゲに惚れました。なんてかっこいい人なんだ、何でこの魅力に今まで気づけていなかったんだ、と。
 
『はじめちゃってもいいじゃない?』
ラスサビ前のこのシゲアキさんのソロパートに後押しされるように、ジャニオタ復帰への道をソロリソロリと歩み始めました。
 
 
 
 それからしばらくは、他の趣味の方の追っかけに忙しくなっていたので、ジャニーズから離れていましたが、2015年秋から冬にかけて、V6というひっじょーに魅力的な彼らが、私をジャニオタへと完全に引き戻してくれました。ジャニオタ生活第2章の始まりです。それからジャニWebに本当に久しぶりに加入したりだとか、色んな久しぶりとご対面する新鮮な日々。
ラブセン重課金兵待ったなしの生活を送っている中でふと思い出したのは、加藤シゲアキさん。やっぱり、ドストライクなんだよな...。とまたNEWS熱が復活。

衝動的に『NEWS LIVE TOUR 2012~美しい恋にするよ~』の円盤を買ってしまったが為に、Vさんを凌ぐ勢いでグイグイと今急上昇しています。


ここまできたらダメですね、もう!
久しぶりの本格的なジャニオタ生活に心踊っております。

これから暫くは、NEWSの皆さんを追っていく生活をしたいと思います。変ラボも少クラプレミアムも始まりますしね。私にもNEWS波きてますが、NEWSにもいい風吹いてますね。
まずは今月のWhiteライブDVDを生きる糧に。


 
 
 
 

V6と他グループの差を考える

【加筆しました】

ぶいろくにハマって、魂DVD等をぼちぼち買い揃え始めた時、一番に思ったのはやはりメイキングの豊富さ
何形態もあるのは正直お財布に厳しいが、それでも全形態買わなくてはと強迫観念に駆られる、特典映像の潤いよう。全部見たいもんね、買っちゃうよね!!!私アニバコンの出費痛すぎて今もまだ響いてるから!!!でも後悔はまっっったくしていない。それくらいの満足度とクオリティ。V6すごい。avexすごい。

何年か前までジャニーズ国・嵐沼に生息していた私には軽いカルチャーショック。俗に言う、「高低差あり過ぎて耳キーンなるわ!(©フット後藤)」状態。
メイキング・特典に飢えて飢えて枯渇していたあの沼は何だったのだろう……。あんなの沼じゃなくて砂漠だ…ケッ…。
メイキングたっぷり…特典いっぱい…ファンのニーズに精一杯応えている…そして何よりメイキングや特典映像を作る側も楽しそうで、それが一番嬉しかった。V6沼にゴロゴロ移住してきて、ここのファンの皆さんは本当に幸せだなぁと、実感( ;∀;)
あ、NEWSもそれなりに特典付けてくれるよね〜!あんな扱いAさんだけやで(^o^)まぁ大元はJSのせいだよね*1


それと、他グループとの差と言えばなんと言っても仲の良さでしょうかね。本人達も度々口にしていますが、「坂本くんがお父さんなら長野くんはお母さん」。
そこに井ノ原組がいて皆を笑かし、末っ子岡田を皆で育ててきた感。本当に家族みたい。
トニセン・カミセンで歳が離れているというのも家族っぽさの一因で、リーダー坂本さんが皆をまとめ、昔は時に叱責し、長野くんが優しく見守り…。すくすくと育ちましたね、カミセン。

一言に「仲が良い」ではなく、表には出ない本当の「心の繋がり」があるように感じます。20年という月日がそうさせたのもあると思いますが、彼らが乗り越えてきた壁と同じだけ繋がりも強くなったはずです。

V6が『家族』のようならば。
NEWSは『高校の同級生的なノリ』の仲の良さですかねー。すごく好きです。本当に、4人で笑い合っているあの空間幸せすぎる…。新生NEWSになってから、グループ内の役割とか、会話のテンポの良さとか、引き立ってきている気がします。彼らはもっと大きくなるはずです。(現状、NEWSにお熱なのでNEWS語りはまた次で)

嵐さんは、言葉では言い表せないような関係で、解釈するのが一番難しいですね。メンバー同士で衝突や争いがなかった彼ら。衝突があってこそ仲が深まる人達もいますが、彼らはその障害が無くても、強く深く絆が作れる人たちなんじゃないかな。
翔さんがいつか言っていました。
『遠慮と我慢のレベルの設定』
彼ら個人個人がズバリ言う性格じゃないのもありますが、"周りをよく見て行動できる"人たちなのだと思います。
でも、それ以上に恵まれた環境にあったグループだから、周囲の環境も多分に影響しているはずです。コンスタントにレギュラーも持っていたしね。
しかし燻っていた時期も短くはありません。そんな時期でも、彼らの中にはきっと共通の目標があったんじゃないかな、と思います。また、それぞれが同等に前に出れる力があるのも一因なのかな、と。


だんだん何を語ってるのか分からなくなってきましたがw

総括。
私の中で、
V6   "やすらぎと安定感を感じるアイドル"
NEWS   "恋ができるアイドル"
嵐   "崇拝できるアイドル"
と勝手にキャッチコピーを付けてみたりしました。*2

とりあえず、V6のあの空気感がとても心の収まりがよくて、心地よくて、安心するんです。


他グループとの差。私が感じるのは『アットホーム感』です。

6つがそれぞれ発揮してきた力がひとつに集まった時、もっと素敵なものができると、アニバコンDVDを観て感じました。


またアニバコン感想も書かなきゃだな。

*1:今は本当にノータッチなのでどうなっているか分かりませんが、2.3年前までの印象を元に語っておりますので今の現状と相違する点は悪しからず。

*2:この3グループを引き合いに出すのは、個人的に多大に影響されてきたジャニーズだからです。今後も比較対象になっていくかも

ジャニーズ遍歴を考える 2

 どうも~。ラブセン重課金予備軍です~。

着実に課金しております~。

 

znv6.hatenablog.com

 

早速、前記事の続きから。

 

2013年

前回の2008年から飛ぶこと5年。全身どっぷり嵐ファンに浸かった5年間。そんな時期にも突然終わりが来ました。別のジャンルにはまった事もきっかけの一因ですが、主な原因としては、『展開の少なさに飽きがきた』という所でしょうか。今覚えている限りでは、最後にメイキング等の特典映像があったのは*1CDでは果てない空、DVDは風景魂ドームツアーだったでしょうか。

2011〜2013年の間にはほぼ メイキングはなく、次こそはと思いつつもずっと裏切られている感覚で、何度も落胆させられました。

嵐なんかトップもトップですから、特典映像なんぞ付けなくたって正直バカ売れするんですね。特典映像を撮るのにも当然時間とお金が要りますから、やむを得ず収録されなかった理由ももちろん解ります。しかし2.3年全く特典映像が付かず、ファンと言えど消費者のニーズに応えられていない商法では、私のように『応援を辞める』という選択をする方も少なくなかったと思います。(それでもずっとファンを続けられている方は本当に尊敬します。私の忍耐力の無さが浮き彫りに…)

また、コンサートの開催がほぼ5大ドームに絞られ、当時まだ金銭的にも自由に遠征出来る訳ではなかったので、地方の私は必然的に一番近い会場のみの応募に賭けるしかなく、コンサート当選率が低かったこと。*2

応援している人を直接応援出来ない事は本当に悔しいもので、ツアー期間は憂鬱で仕方なかった。泣き暮れる日も少なくなかったですw

せめて売り上げで貢献しようと、リリースがある度に全形態を必ず買っていた自分、今より財源も明らか少なかった時代なのに、すごく純粋で偉かったと今では思います(笑)

そんな事等が重なって、2013年春には、気持ちが完全に嵐から離れていきました。

 

 

2015年

ジャニーズから完全に身を引いて2年ほど。別ジャンルで多忙を極めておりました私も、やっぱりどうしてもアイドルから離れられない性なのでしょうかね。

昨年初めから、ジャニオタ復帰の兆しが見え始めます。

偶然、音楽番組で『KAGUYA』を歌っているNEWSが目に留まりました。曲調がすぐに気に入ってループ視聴する始末。

それから程なく、昨年の話題作『チュムチュム』がリリースされるわけです。

一番に目を引いたのが、青みがかったスカーフを纏い、目鼻立ちがすきっとした、わたくしひっじょーーーーにお顔立ちがタイプのお方。加藤シゲアキです。

何故彼の魅力に今まで気づけなかったのか!!!!!後悔でいっぱいです。

俗に「フェルメールシゲ」と呼ばれるチュムチュムでの加藤さんの評価は非常に高いようで。ここからファンになった方も多いみたいですね。

めでたく、ライトジャニオタへ這い上がりましたのは6月のこと。

 

 

そして、ついにジャニオタ復帰を遂げますのは12月。紅白に今年もV6が出ると聞き、ざわざわし始めます。

2014年の初出場の際も、ファンというほどではなかったものの、彼らに出会った頃から変わらず大好きでしたのできっちり観ておりましたが、その時にちょっぴり再燃しかけただけだったので、今年もまた一時的な再燃だろうと思い、時間は年末へ向かいます。

 

年末に向かうにつれて彼らが益々気になりだし、気付けば密林さんでSuper Very Bestを購入する始末。20年間の楽曲を聴き辿っていくにつれ感じる彼らの成長。そして彼らのことを詳しく調べて初めてわかった、長い年月での挫折、迷い、苦悩。そしてまた成長。なんて壮大な人生の路を歩んできた男達なのだろうと、感銘を受けました。そして彼らをもっと好きになる。

気付きました、これは沼だと。3ヶ月以上たった今でも熱は醒めないでおりますので、これから先、当分は、(或いは一生)彼らを応援し続けると思います。

 

 

 

こんな感じが、亜鉛的ジャニーズ遍歴であります。自分でも割りと整理がつきました。満足です。

 

 

 

 

*1:あくまで私がファンだった時代で

*2:約5年間FCに入っていて、行ける公演全て応募してきましたが、当選した事はありませんでした

ジャニーズ遍歴を考える

初めまして。亜鉛と申します。勝利6人組の彼らを追っていたら沢山思うことがありましたので、自分の振り返り用・記録用、又、皆様と共有できたらと思い、ブログ開設の運びとなりました。
2000年以降のジャニーズファンな為、まだ知識が浅い部分がありますが(人生経験も浅い)、何卒広い心でご覧頂きたいです。
 
 
さて、本格的にぶいしっくすファンになって早4ヵ月が過ぎまして。あっという間に、そして着実に、お金を落としております。これが沼か。
しかし、突発的にジャニオタ・ぶいオタになった訳ではなくちゃんと経緯があり、それを自分でも整理するため、わたくし亜鉛的ジャニーズ遍歴を綴っていきたいと思います。
まずは軽い年表。
 
 
 

2003?04?年頃   『伊東家の食卓』で三宅健に惚れる

2006年   『喰いタン』で森田剛に堕ちる。
2007年   『嵐』の存在を知る。
2008年春   友人の影響で嵐ファンになる
2013年春   嵐ファンを辞める
 
2015年春   NEWSが気になり出し、ジャニオタ復帰の兆候
2015年冬   V6ファンになる
 
 
 
まあ、ざっとこんなところですかね。
 
 

2003?4?年

まずは、ジャニーズへの入り口、健くんとの出会い。(今思えば壮大なフラグだった。)
明確な時期は確かではないけれど、『なんて可愛い顔した男の人なんだろう』、と漠然と、少女・亜鉛はお茶の間で思っておりまして。そこで初めて 、"好きな芸能人"と言える人が自分の中に現れたんですね。たぶん。
彼に出会えたことは、いつだって忘れてはいませんでした。のちに嵐ファンになる日も、その後ジャニーズから離れる日も、全く違うジャンルにお熱になる日も。私の全ての始まりは彼からだと思うと、やっぱり初めて好きになった人はいつまで経っても1番なのだと、思います。ずっと私にとって特別な存在であることでしょう。
 
そして健くんに惹かれて程なくして、友人達の間で修二と彰人気が大爆発する訳です。踊った。死ぬほど踊った。アミーゴ。
そこからほぼコンスタントに土9は見続けてたのかな。
 

2006年

そして成り行き視聴だった土9枠の『喰いタン』で、森田さんと出会います。
もうそれはそれはドストライクで、すぐさま堕ちました。ええ。
左分けのアシメの髪と、あのつむじからぴょこんと飛び出している双葉みたいなアホ毛。ほんとに好き。
この頃の森田さんの少し落ち着いたチャラさって何なんでしょうね、あんなの誰だって惚れるわ。
ここら辺りから、”好きな芸能人=森田剛” へシフトチェンジでした。
 
2007年
周りの友達はもう既に、やれNEWSだKAT-TUNだJUMPだ、とジャニーズに翻弄されている中、相変わらずライトに健ちゃんと剛くんを応援している私に、友人Nちゃんが”嵐”というグループを語り続ける毎日。徐々に気になり始め、VS嵐をひっそりと見始めたのがとても懐かしい。*1
 

 2008年
2008年は本当に印象的な年で、この年から私の第1次ジャニオタ期が始まります。
友人Nちゃんに誘われて、Nちゃん宅でいろんなグループのコンサート鑑賞会を。
そこで私がふと手に取ったTime魂DVD。ここから全てが始まりました。
見進める中で一番の衝撃と感動と、良い意味でショックを受けたのが、松本さんのYabai-Yabai-Yabai
 長めのイントロの中、ワイヤーを使い、ステージ上空にあるベルトコンベアを颯爽と歩くMJ。歩いたと思ったら真っ逆さまに舞ってみたり、回ってみたり。アイドルのコンサートはここまで進化しているのか、最早コンサートではなくエンターテイメントだ、と強い衝撃を受けました。(肝心の歌唱はほぼ覚えておらず)
彼に魅せられ、急速度で心を掴まれた私は、この瞬間から、このグループを応援すると決めたのでした。
歌に全く魅せられていなかった訳ではなく、たぶん、オープニングの”Everybody前進”から既に、奇妙な高揚感に襲われていたような気もします。登場の仕方かっこいいもんね。
 
 
 
 とりあえず序章3章くらいと本編第1章は書けた。思い起こすってすっげぇ労力要する。後半はもっと心中ごたごたしてくるのでまた思い返すのが大変になってくる気がする。とりあえず前半戦はここまで。
(ぶいさんについて語るブログだよなぁ…?(´ε` ))
 
 
 
 

*1:まだ昼間の関東ローカルで30分番組でしたよね。リアルタイムで見ていた内容は、不思議とローリングコインタワーの記憶しかない。